朝日新聞国際面 疲弊する米兵(上)「英雄」になれぬ女性兵

 2006年4月7日、アフガニスタンルマンド州。米陸軍3等軍曹だった女性兵士、ジュナビーブ・チェイスさん(32)は、同僚たちと軍用トラックに乗っていた。地元政府との会議からの帰り道だった。
 突然、車が衝撃で揺れ、火に包まれた。自爆テロの車が突っ込んできたのだった。脳震盪と右半身のやけど。チェイスさんはこの「戦功」で勲章を授けられた。
 この年の2月から10カ月間、アフガンに駐留した。極端に寒く、極端に暑い。砂があらゆるものにまとわりつく、想像を絶する地だ。ヘルマンド州は反政府勢力のタリバーンが強い地域。入隊後に学んだパシュトゥン語を駆使して、現地の人と会話を重ねるのが自分の任務だった。
 アフガンの女性達は、女性の社会進出を認めないタリバーンの時代に戻ることを恐れていた。「夫や子どもはいるの」と聞かれ、独身だと答えると驚かれた。軍務はアフガンの人を助けるため、自ら選んだ道だと伝えると、もっと驚かれた。女性が軍隊の中で任務を持ち、こなしていることが、アフガンの女性には信じがたかったようだ。
 チェイスさんは帰国してから、退役した。だが今も、心的外傷後ストレス障害PTSD)や、自爆テロにあった時に頭を激しく揺さぶられた後遺症、外傷性脳損傷(TBI)の症状に悩んでいる。
 悪夢にうなされ、隣で寝ていたボーイフレンドに「寝ている間に殴られた」と聞かされた。記憶障害が激しく、メモ帳が手放せない。自分の車をどこに駐車したのか覚えられず、どうやって帰宅したのか分らないことともある。
 それでもチェイスさんは、オバマ大統領が先週、打ち出した増派戦略には賛成だという。「アフガン再建には女性の自立がカギ。米国の女性兵士がアフガン女性を支援する任務を増やしてほしい」

 ケイラ・ウィリアムさん(33)の場合、学費を稼ごうと陸軍に入ったのは00年。「まさか戦争になるとは思っていなかったから」。だが、入隊後に身につけたアラビア語の専門家として、03年3月に開戦したイラクの戦場に赴くことになった。
 バグダッドから地方にむかった20人の小隊で、女性は自分だけ。男たちと同様、山の中腹で寝袋にくるまった。同僚が性的な話をしてきたときは、「仲間として接してくれているのかもしれない」。
 しかし、イラク駐留が長くなるにつれ、規律は緩くなった。半年後のある夜、見張り番で立っていると、交代の兵士が自分の局部をさらし、さわらせようとしてきた。階級が一つ上の男だ。翌日、謝罪してきたが、仲間には「女の方から誘ってきた」と言っていると聞き、頭に来た。「明らかに一線を超えていた」
 セクハラ行為が起きるたび、「男のキャリアを傷つけないでくれ」という声が聞こえてきた。自分は仲間の一人ではなく、絶えず「女」として見られていると思うようになった。「敵がいつ襲ってくるか分らないという心理的負担に加えて、同僚による暴行の恐怖が続いた」。ミスをしても個人の問題として扱われず、「だから女は」と言われる。必要以上に身構えた。
 ウィリアムさんは「女性は帰還兵として認められないのもつらい」と話す。昔の部隊仲間と飲み会に出ても、男たちが店の経営者から1杯おごられるのに、自分だけはガールフレンドの一人と誤解され、対象にならない。「まるで透明人間のような扱いだ」
 チェイスさんも、女性帰還兵が置かれる厳しい環境改善のために団体を立ち上げた。
 女性は歩兵部隊に所属することを法律で禁じられている。チェイスさんのように勲章を持っていない限り、戦闘にかかわったことを証明するのすら難しい。戦場帰りの「英雄」に与えられるはずの福利厚生措置の網から洩れる女性帰還兵は少なくない。(ニューヨーク=田中光


・帰還兵でつくる全米イラクアフガニスタン帰還兵協会(IAVA)によると、二つの戦争に派兵された米兵の約11%に当たる21万2千人が女性だという。07年5月までに退役軍人省に保護措置を求めた女性帰還兵の15%が暴行やセクハラを訴え、イラクアフガニスタンでは、08年の1年間だけで163件の暴行事件が報告されたという。  

気になった記事。ちょっとタイムリーかな、と。WEB版にはないので備忘として。